鍼灸師は「はり師」と「きゅう師」の国家資格を持っている人をいいます。厚生労働省が認定する鍼灸養成施設といわれる機関で教育を受けます。専門学校で3年、大学では4年となります。国家試験に合格すると資格の登録を行い、晴れて鍼灸師となれます。今回、資格取得後に鍼灸師がどのような道に進んでいくかお話します。

最初にお断りしておきます。私個人の見解に基づき忌憚なくお話します。不快感を覚えるようでしたら申し訳ありません。

鍼灸師をざっくりと分類分けしてしまうと①臨床家、②研究者、③教育者、④ペーパー鍼灸師の4つに分けられると思います。

①臨床家は、臨床を通して患者さんを治療する鍼灸師です。鍼灸院を開業する人や雇われ鍼灸師として勤務する人が該当します。なお、私は開業しているので臨床家となります。また、ものの見方が臨床家寄りとなりがちです。

一般的に、鍼灸師になろうと思い立ち、学校へ入学してくる段階ではほとんどの方が臨床家、特に開業を検討していると思います。しかし、各学校により違いはありますが卒業後、開業する人はとても少ないのが現状です。

また、昼間部と夜間部では、生徒の年齢層が異なりますので、開業までの時間に差がでます。昼間部では高校を卒業して入学してくるような若い生徒が多いため開業は少し遅めになるかもしれません。夜間部では社会人経験者や働きながら学校に通うような30歳以上の方も多いことから比較的早めの開業を視野に入れている方もいます。

それでも感覚的には国家試験の登録を済まし開業する人は、入学時の人数でいうと1~2割位だと思います。2割できればいい方だと思います。30人のクラスであれば3~6人位でしょうか。純粋に鍼と灸だけでの鍼灸院の開業ですと、さらに減ります。あん摩マッサージ指圧師や柔道整復師など他の資格と併設し開業したり、整体やエステ、またリラクゼーション業と併設しながら開業する方も結構いらっしゃるからです。

横道へそれます。開業を目指す人へ。卒業後すぐに開業するのは不安であろうかと思います。しかし、開業するのなら早めに開業した方が良いかと思います。開業している人の傾向として、準備をしつつ早めに開業をしている方々が多いからです。具体的な行動に移さず、いつか機会があった時に開業しようかと考えているとなかなかできないようです。ただし、早めの開業には問題点があります。経験と開業資金が必要となります。

経験については、学校の授業だけでは鍼灸師の資格取得後に患者さんを治療できません。厳密にいうと治せません。臨床を通して身に付く理論や技術的な経験が不足します。学校の教育のみでは患者さんを治療する人数(回数)が少ないのです。開業を視野に入れている生徒は、3年間という限られた時間の中で身内など多くの人数を治療しています。私の場合では300人(回)以上は治療していました。私の倍の人数を治療している仲間もいます。早い時期に鍼灸の勉強会などに参加しつつ治療にふれ、師匠とめぐり合い経験を積んでいって下さい。私なら1~2割位の人しか開業できないような世界なので、クラスメートと同じことをしていたら不安になってしまいます。

資金については、専門学校であれば学費だけで400~500万円位かかりますので、開業前に資金がショートしてしまいます。奨学金を借りて、卒業後に学費を返済していく場合でも生活は厳しくなるでしょう。

親族、身内から援助を受けるというのも手かもしれません。結婚している場合は、パートナーの職業が安定していると開業しやすいと思います。実のところ、これらのケースは結構多いと思います。私は会社員時代の蓄えや退職金でやりくりしました。開業自体にはそれほどお金はかからないのですが、どうしても学費や鍼灸院を安定させるまでにお金がかかります。

できるだけ自分のやりたい治療ができる治療院へ勤務しながら経験を積み、開業資金を貯めるといった方法もあります。しかし、そのような働き先が少ないのが現状です。ただ、その時の雇用情勢も関係しますが探せばあります。また往診専門で治療をしながら臨床での経験を高めながら資金を貯めつつ、患者さんを開拓していくといった方法もあります。厳密には往診専門でも開業と言えるかもしれません。

親が鍼灸師という二世の鍼灸師も結構いらっしゃいます。親の影響を受けて育ち、鍼灸師となっていく方です。後継ぎとなり親の鍼灸院を引き継ぐ方、あまり親の影響を受けずに自ら鍼灸院を開業する方、親から理論や技術を引き継ぐ方、親から患者さんを引き継ぐ方など臨床家として活躍する方は、昔から現在に至るまで意外といます。

ちなみに私は開業するつもりで、専門学校へ入学しました。実家近くには学校がなかったので、学校へ通える物価の低い場所を選び、アルバイトをしながら一人暮らしの生活を送りました。倹約をしつつ、師匠の畑で採れた野菜や果物もよく食べました。栄養価の高いヤーコンを大量にいただき、食べ方に困った記憶があります。師匠の鍼灸院で専門学校2年次から勉強をしていましたが、卒業後は早めに開業しました。所属する鍼灸の勉強会の講師達からも早めの開業をよく勧められてもいました。卒業後は田舎の実家で開業を思い描いたこともありました。親に一部屋提供してもらえないかと相談をしたことがありました。また、師匠の治療院をいずれ引き継ぐような話もありました。しかし、東京で開業しました。師匠達は御寿司屋さんでお祝いをしてくれ開業を喜んでくれましたが、師匠とは別れを伴いましたので師匠は悲しんでもいたと別の鍼灸師から聞きました。

②研究者は、大学、大学院、企業などで鍼灸の研究している人です。勉強会などで高度な研究をしている鍼灸師もいます。学会などで発表する方も多いです。普段は、鍼灸以外の仕事をしながら研究をしているという人もいます。

当然ですが、研究が主だった治療をしていない鍼灸師は、患者さんの症状を治せません。そもそも、治療に価値を置いていないと思います。研究が第一です。医師が臨床に立つ者、研究に入る者と別れるのに似ているかもしれません。

海外に比べると日本では鍼灸の学術論文が少ないので、研究は大切であり、鍼灸業界に於いては重要な立ち位置だと思っています。

③教育者は、平たくいうと学校の先生です。専門学校などで授業を通して鍼灸師を育てていく人です。鍼灸教員養成科で2年間学び、専門学校の先生となるような人です。古き良き時代には、教員養成科を経ずに、専門学校で教鞭をとっていた鍼灸師もいます。臨床家として力のある鍼灸師達です。私の師匠達もそうでした。

多くの学校には命題があり、教員も苦労していることだと思います。国家試験の合格率を重視しなくてはならないからです。合格率100%と聞くと、とても響きがいいものです。何年も連続で100%など中々そうできるものではありません。ただ、合格率100%には訳があります。国家試験に勝負できる人達が合格していきます。言い換えるなら、試験に合格できそうもない人は、試験を受けさせてもらえません。試験に落ちたら学校の合格率が下がってしまうからです。学校側は組織の力をもって合格が厳しい生徒に対しては、あの手この手と受験をさせないようにします。私の受験時には校内で卒業試験が3回あり、点数の及ばない生徒は国家試験を受けさせてもらえませんでした。が、世の中の学校には基本、受験希望者全員に受験をさせる学校もあります。合格率100%は難しくなりますが、生徒の立場からするとこちらの方が有難いです。家内の母校は、実技に力を入れている学校ですが全員受験できたということを聞いています。

私の卒業した学校では、入学時クラスメートが27~28人位でしたが、卒業した人数は15人位だった記憶があります。国家試験には全員合格しましたが、途中で半分弱の生徒が退学していきました。中にはふるいにかけられ勉強についていけなくなった人もいたと思います。否、いました。

ところで、学校の先生は教えることが専門なので、治療については臨床家に一日の長があろうかと思います。例えば、学校には鍼を刺さない教員もいます。主に実技を担当していない座学の先生です。かつて私の通った学校には鍼の実技担当でしたが、不思議と鍼を打つ姿を生徒に見せなかった教員もいました。

鍼灸には流派や会派のようなものがあります。流派により考え方や治療の仕方が異なります。茶道の世界のようなものです。その各流派の先生方が、教員免許を保持し学校の講師をしていることが意外とあります。特に鍼や灸などの実技を担当していることがありますので、その影響を受けてしまいます。流派の色を受けてしまうことは特段問題はないと個人的には思うのですが、自分に合わない流派だったという不幸なこともあります。しかし、後に見える景色が変わってくることから、修正はききますので心配はありません。また、入学前に学内講師の流派までの特徴をつかむことは難しいので、この辺は運やご縁ということになるでしょう。

もし専門学校に通う方、これから入学を検討している方でしたら井の中の蛙とならずに、大海を目指してもらいたいと思います。学校以外の世界には、臨床家や研究者などの凄い鍼灸師、またモチベーションの高い生徒達がいますので、大きな刺激を得られるはずです。当初の思いや志を思い出してみて下さい。私は本当に学校外の鍼灸師や仲間達に救われた人間です。

④ペーパー鍼灸師は、「はり師」と「きゅう師」の資格を保有しつつも鍼灸の仕事をしていない方です。普段は鍼灸以外の仕事をしていたり、育児をしていて鍼灸の仕事から離れている方、引退した鍼灸師の方などです。ちなみに引退して免許を返納したという話は聞いたことがありませんので、登録したままの状態となりがちです。毎年、国家試験に合格し登録されていく鍼灸師は増え続けていくので数字上、鍼灸師の数は増加傾向になっているのではないかと思っています。

ペーパー鍼灸師は相当数いると思いますが、鍼灸のすそ野を広げてくれる方だと思っています。東洋医学、鍼灸が広がり普及していくためには、この方々の力が必要になると思っています。身近な人へ鍼灸の良さを分かりやすく伝えてくれると思っています。

4つに分類してきましたがその他、教員をしながら治療院で臨床家として治療をしている鍼灸師もいます。大学などの研究者でありながら、臨床をしている鍼灸師もいます。経営者となり、鍼灸師を使う側の立場となる方もいます。

鍼灸師は「はり師」と「きゅう師」の2つの国家資格からなりますが、資格を持っているだけでは食べてはいけなく何の保証もされることのない資格です。例えるなら自動車免許のような資格です。資格があるから鍼を打つことができる。灸を据えることができる。ただそれだけの資格です。就職先を考えると看護師や理学療法士などと比べるまでもなく限られてしまいます。ちなみに私の妹は看護師なのですが、就職に困っている姿を見たことがありません。働くという面からみたとき鍼灸師は厳しい職業だと思いますが、鍼灸師に向いている人を臨床家寄りの視点から考えてみました。

まず、自分で考えて動ける人が鍼灸師に向いていると思います。言われたことだけをしている人は向かないと思います。患者さんの治療は毎回同じようにはいきませんので、考えることが多くなります。分からないことは、自分で解決していかなくてはなりません。治療一つとっても本に書いていないことは沢山あり、本は参考程度となります。私の話の内容も参考程度と思って下さい。開業すれば基本は個人事業主となりますので、鍼灸院の運営、経営も一人で判断し動く場面がとても多くなります。なお、言われたことのみをする人が向かないという特性上、勤務している鍼灸師もやがて独立開業していくという側面があります。研究者の道へ進むとしても、人と同じ研究をしていては価値がありませんので、自分で考えることが必要になってくると思います。自由度は高く裁量も多いことからやりがいのある仕事でもあるのですが、個人にかかる負担や責任が重い職業だと思います。

また、学び続けていくことができる人は鍼灸師に向いていると思います。学校を卒業してからも勉強は続きます。人にこうしろと言われることはありません。自分で課題や問いをみつけて解決していかなくてはなりません。日曜日や休みの日も勉強会などで学んでいる先生方はいます。そのような方々は、報酬や義務感からではなく本当に楽しんで学んでいます。鍼灸師は職業柄、孤独になりがちですが、仲間に支えられることが多いので、学びを通して仲間を見つけることが大切だと思います。

最後に、ここまで取り留めもなく都合の悪いことも色々書いてきました。鍼や灸による治療で身体のケガ、病気、病など不調が改善されるという事実は存在します。鍼灸治療により症状が改善していくと患者さんが「不思議だ」と驚き感謝されることがあります。一方で、鍼灸師自身もその効果に驚き、時には喜びを分かち合うことができます。そのような世界に魅了される鍼灸師を多く見てきました。私もまたその世界に魅了される一人です。