今回、身体の片側に訴える痛みのなかで「坐骨神経痛」についてお話したいと思います。

坐骨神経痛には、鍼や灸が効きますので患者さんも来院されます。また、個人的には坐骨神経痛の治療は、他の疾患や症状へ応用が効く治療だと思っています。

坐骨神経痛は、坐骨神経に沿って下肢から腰背部にかけて疼痛をきたします。片側の脚の上部後面やふくらはぎの外側から外踝に強い痛みがでることが多く、酷い時には歩くことができなくなり、痛みで夜寝ることができなくなることさえあります。

坐骨神経痛は、腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症が原因となることが多くあります。ですから鍼灸師が、坐骨神経痛の治療をしていると遅かれ早かれ椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症の治療と向き合うこととなります。結果、腰部ではありませんが上の方の脊柱(背骨)が原因となるような片側の上肢(腕)の痛みやしびれの治療ができるようになっていくと思います。

少し昔話をします。私は鍼灸師となって間もない頃、村田渓子先生の治療院へ見学に行っていました。いわゆる弟子入りです。その時に見た先生の姿が治療の基礎となっています。特に身体の見方や鍼と灸の使い分けなどはとても参考になり、その後の鍼灸治療へプラスとなりました。

当時、先生の治療院へ坐骨神経痛の強い痛みからほとんど歩けない状態で来院された患者さんがいました。2~3ヵ月かけて先生が治療をしていき、最終的には杖をつくことなく歩けるようになっていきました。その治療を見学できたことは鍼灸師として駆け出しであった私にとり幸運なものとなりました。

その後、自分でも坐骨神経痛の治療をするようになっていき、壁にぶつかりながら幾人かの先生方からアドバイスをいただきました。今では坐骨神経痛は得意な方の治療となりました。

鍼灸師らしく東洋医学的な話をします。古い書物に『素問』というものがあります。そのなかに、「陰陽」ということが多く書かれています。陰陽は概念ですので、実際に目で見ることができたり手にとることはできません。考え方のようなものだと思います。非常に抽象的なもので分かり難いものですが、鍼灸師の治療に一番大事なことが書かれています。

「治病必求於本」(治病必ず本に求む)『素問』陰陽応象大論編第五.

病を治療するには、必ず根本(陰陽)を追求する。

「謹察陰陽所在而調之.以平爲期」(謹んで陰陽の所在を察してこれを整え、平を以て期と為す)『素問』至眞要大論篇第七十四.

慎重に陰陽の気の所在を観察して気を調節し、平衡状態に達することを治療の目的とする。

陰陽を平衡状態へ、また調和させることが治療の根本であると記述されています。病気や症状は数えられない位無数に存在します。はじめて向き合う症状もありますし、人によってツボの位置は微妙に変化します。全ての病気や症状へ対応するツボなどを覚えることは不可能です。しかし、その様な場合でも陰陽を手がかりとして治療をしていくことは可能です。極端に言えば、ツボが分からなくても治療ができてしまいます。陰陽さえ理解してさえいれば、ベテラン鍼灸師のような治療が可能となります。陰陽とは便利なものです。

ちなみに、ツボは鍼灸治療の基本であり軽視はできません。基本となるような361のツボは覚える必要があります。苦い思い出ですが、私はあるベテランの先生から「君はツボを忘れ過ぎだ」と注意され、顔を赤くしたことがありました。

また、陰陽は色々なものへ置き換えていくことができます。陰陽の使い方、応用となります。陽を上や左などへ。陰を下や右などへ。対立するものを繋げていく、調和させていくイメージです。

鍼灸師が押さえておかなければならない身体の状態である「上実下虚(じょうじつかきょ)」を例にします。上半身に熱があるような状態で、下半身とくに足下が冷えています。このような場合では足下を補い温め、上半身の熱を取り、身体の状態を平らな平衡状態にしていくような治療が検討できます。上を陽、下を陰と捉え対立する陰陽を平衡にしていきます。上半身と下半身だけでなく、身体の色々な部分を陰陽に置き換えて診ていき、対立したものを鍼や灸を使って調和させていけば上実下虚から起こされる身体の症状や不調は改善されていきます。村田先生は、この鍼や灸の使い分けが理論的にも技術的にも抜群に上手でした。なお、頭寒足熱が理想という考え方もあります。

陰陽は抽象的な概念なので、人により解釈の仕方が異なります。また、陰陽を使わなくても治療は行え、病を治したり症状を改善することもできます。

陰陽について私には思い出があります。鍼灸専門学校に入学した年の梅雨入り頃、講師に陰陽について質問したことがありました。入学して2~3ヵ月位経った時期です。私は陰陽とは何かさっぱり理解できなかったのでした。陰陽という理論を治療へも全く結び付けられませんでした。鍼や灸を手にして2~3ヵ月なので正直、治療もできません。治療の真似事のような状態だったと思います。

ただ当時、教科書の『東洋医学概論』は先取り学習でほとんど目を通していました。また、教科書以外の本も少しですが読んでもいました。参加していた勉強会でも陰陽について講義を受けてもいました。頭のなかは常に鍼灸のことだけを考えていて、内に秘めた情熱だけはありました。

学校では、鍼灸が好きで入ってきた生徒や東洋医学的な世界が好きになっていく生徒の傾向として、東洋医学的な部分は自ら進んで学習する方が多いように思います。参加している鍼灸の勉強会においても、色々な学校の生徒さんを見ていますがそのような傾向はあります。私は東洋医学的な世界に興味が湧いていき、現代医学的な部分の「解剖学」や「生理学」は後回しに、あえて定期試験では追試にならないための得点60点をキープし続けました。3年時の夏頃まで現代医学的な分野には力を入れず国家試験後、如何に鍼灸師として生きていこうかそればかり考えていました。学業では目立たない生徒であったように思います。

私の質問に対し、講師は教科書的な内容を私に説明しました。そして最後に、「こういうものである」「今はこう理解しておきなさい」「まだ早い」とまで言われ、煙に巻かれたようでした。期待していた内容とはあまりにかけ離れがっかりして、梅雨空のようなもよもやとした気持ちのなか赤城山を左手に帰宅しました。ただ、講師を否定したり恨んだりはしませんでした。国家試験合格率100%が命題である講師の立場も理解できましたし、会社員を経ていた私は講師間の役割や序列など大人の事情もあるものだと思っていました。そして、私の視点はますます外へ外へと、学校以外の鍼灸の世界へ向かっていきました。

後日談となりますが、師匠である村田先生は、鍼灸専門学校の講師を養成する学校の先生もしていました。教員を目指す方々を教える側の先生でした。私が投げかける質問に対して答えた講師も村田先生の指導を教員養成学校で仰いでいました。三方堂治療院で村田先生の治療を見ていた私は若干の優越感と学校教育と臨床の違いも考えさせられました。なお、村田先生は多くの鍼灸師を育ててきました。個人主義が強く、一匹狼のように生きてはいかなくてはならない鍼灸師の世界で先生ほど人を育てることを考え、実践してきた鍼灸師を見たことはありません。

陰陽については、3年間学校へ通いましたが納得する答えは結局得られませんでした。日本全国に数多く鍼灸学校がありますが実技や臨床に力を入れる学校、国家試験に力を入れる学校、歴史が深い学校、教育に流派の色が濃く反映されている学校、昼間部と夜間部がある学校、柔道整復学科を併設しダブルスクールを行う学校、学費が安い学校、常に定員割れをおこしている学校など特徴があります。母校は、私の印象として鍼灸国家試験の合格率100%をずっと続けていくような国家試験に重点を置く受験予備校のような専門学校でした。ちなみに、前身は大学受験予備校でしたが潰れ、後に専門学校となりました。

それから数年経ち、陰陽について2年間位真剣に考えた時期がありました。師匠達の治療を見て自分なりに考えたものが今の治療の土台となっていきました。時間はかかりましたが自ら問いかけ、ある程度納得できる答えは出せました。ちなみに、人から聞いたり教えてもらったものより、悩みの中から得られたものにこそ価値があるように思えます。

さて、坐骨神経痛の治療では、電気を流す治療をよく耳にします。ただ、私の治療は電気を流したり、機械を使うような治療は行いません。機械といえば照明と電動ベッドを使う位です。基本は鍼と灸のみの治療となります。

坐骨神経痛により右脚に痛みがあるとすれば、左脚と比較していきます。両脚の反応を診ていきます。反応については、前回のブログで簡単にですが説明した通りです。陰陽を使って、バランスを取ります。片脚だけを治療すると失敗することがあります。なお両脚を診て結果的に、片脚だけの治療をすることはあります。村田先生も言っていました。失敗とは痛みの増悪などです。坐骨神経痛で痛みが酷くなるようなことは、想像したくないものではあります。

私は坐骨神経痛では脚のみの治療ではなく、場合によっては腰の辺りも治療します。原因が腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症からくることがあるからです。整形外科や大学病院などで、一通り診断や治療を受けてきた患者さんも多いことから、診断書が参考となることもあります。腰部周辺の治療への判断は身体やツボの反応次第というところとなります。この場合に於いても陰陽を考慮しつつ慎重に治療をしていきます。繊細な治療を必要としますので、この辺りの治療は肯定派と否定派に分かれます。手を付けない鍼灸師もいます。

最後になりましたが坐骨神経痛は、まれに両脚に症状がでることがあります。また、内臓の疾患が原因となることもありますし、脊柱管近傍の腫瘍から痛みが発症することもあります。夜間痛を伴えば、悪性新生物(癌)も頭の片隅に入れておく必要があろうかと思います。

今回は片側の痛みにでる坐骨神経痛について、また鍼灸の基本について少しふれました。思い出話も長くなりました。また、何か片側の痛みについて考えてみたいと思います。