今回、身体の片側に訴える痛みのなかで「片頭痛」についてお話したいと思います。

片頭痛には、鍼や灸が効きますのでよく患者さんを治療します。

片頭痛は慢性、再発性の経過をとり、片側に起こる拍動性の頭痛で、閃輝暗点(せんきあんてん)といわれる前駆症状を伴うことがあります。酷い時には、吐気や嘔吐することがあります。

成人の8%くらいが片頭痛を持っているとされ、女性に多い頭痛です。痛みは「ずきずき」と痛むような頭痛で、脳血管の収縮と拡張により痛みが引き起こされるといわれています。

頭痛の前に起こる前駆症状である閃輝暗点とは、頭痛の前兆の様なものです。「目がチカチカする」などの視覚異常をいいます。見え方はキラキラ見える。視界の一部がゆらゆら動きだす。物がゆがんで見える。目の前が真っ暗になったり、見えづらくなる。など色々あります。なお閃輝暗点は、前兆として必ず起こるというものではありません。

小説家の芥川龍之介も片頭痛に悩まされていたようで、後期の作品『歯車』のなかで閃輝暗点について描写しています。

のみならず僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを? ― というのは絶えずまわっている半透明の歯車だった。僕はこういう経験を前にも何度か持ち合わせていた。歯車は次第に数を増やし、半ば僕の視野を塞いでしまうが、それも長いことではない、暫らくの後には消え失せる代わりに今度は頭痛を感じはじめる、

ホテルの玄関へはいった時には歯車ももう消え失せていた。が、頭痛はまだ残っていた。

さて、鍼灸院に片頭痛で来院された患者さんに対し、必ず治療前にすることがあります。問診と脈診です。これをしないと失敗することがあります。失敗とは増悪です。頭痛を悪化させ、痛みを酷くさせてしまいます。悪化させることなく、治すために基本となる問診と脈診を丁寧にします。師匠達や頭痛の治療を得意としている先生方を見ているとここを外していません。

問診と脈診で何を診ているかというと大まかに、頭痛を分類しています。片頭痛なのか、緊張型頭痛なのかを判断します。片頭痛は血管の収縮と拡張による拍動から起こる頭痛ですが、緊張型頭痛は筋肉の収縮に伴う頭皮血管の収縮から起こる頭痛となります。片頭痛は血管の拍動から血流が多くなり、一方で緊張型頭痛は血管の収縮から血流が少なくなります。身体、脳内では真逆のことが起こっています。当然片頭痛の症状に対して、緊張型頭痛の脳血管の血流を増やすような治療をしてしまうと、血管の拍動が強まりますので頭痛は治まるどころかずきずきと悪化してしまいます。ところで、片頭痛の時に運動をしたり、首や肩を温めてしまうと血流が上がってしまうので片頭痛は治りません。

問診で痛む場所、痛み方、閃輝暗点などを確認し、脈診では東洋医学的に脈の打つ速さや打ち方などを診ていきます。

なお、臨床では男性に多い頭痛で片方の眼がキリで突かれたように痛む群発頭痛や片頭痛と緊張型頭痛が併発している頭痛もあります。教科書、理論通りに分類できないことが常で、やはり鍼灸治療の前に問診などで丁寧に状態を確認していくことが大切です。

ここでは、頭痛を片頭痛と緊張型頭痛のように現代医学的な分類をしましたが、現代医学に置き換えることなく東洋医学的に頭痛を把握する先生、感覚的に頭痛を捉える先生、脈診に重きをおきつつ頭痛を捉える先生など個性がみられます。東洋医学の奥深さと多様性とみることもできますが、一般的にはちょっとわかりづらい部分でもあります。

実際の治療法は色々な治療法、アプローチがあります。鍼1本を使いツボ1穴だけで治ることもあります。私は、身内へはツボ1穴で鍼治療することもあれば、灸を1箇所だけ施灸して治療することもあります。普段の患者さんへ対しての治療では全身治療をしています。

東洋医学の基本的な考え方として、経脈という概念があります。ツボとツボを結んだ線(面)の様なものを身体にイメージします。ちなみに、経脈は実際に存在するという説もあります。経脈の流れを流注(るちゅう)というのですが、特に身体の中を流れる経脈の流れである体内流注と呼ばれるものをイメージすることが治療への第一歩となります。例えば、頭の中に鍼は打てないので、頭と繋がっている流注上のツボへ鍼を打つと頭の痛みに変化が起こります。左側頭部に痛みを感じるようであれば、左側頭部を流れる経脈上のツボ、例えば左足にある丘墟(きゅうきょ)というツボへ反応に応じて鍼や灸をすると頭の痛みが無くなります。

経脈を使うと直接鍼や灸のできないような箇所の痛みの症状に対応することができます。幻肢痛(げんしつう)といわれるケガや病気によって四肢を切断した患者さんが体験する、あるはずもない手や足が痛みだす症状へも対応、治療ができます。以前、師匠の村田先生が幻肢痛の患者さんの治療をしていたことがあり、患者さんの痛みが改善されました。当時、先生との話の中からちょっとした治療のコツを教えていただき、また「経絡を使うのよ」※と言っていたことを覚えています。

※ここで先生が使われた経絡という言葉は経脈と同じ意味合いです。

経脈上であれば痛みの症状だけでなくしびれ、冷え、熱感、むくみ、腫れ、動き、内臓機能、疲労感など様々な症状へも対応可能となります。

経脈を使うデメリットといえば治療家側の都合となりますが、若干手間がかかるかもしれません。経脈を覚えるのが大変であったり、経脈を上手く捉え経脈上の反応点を探さなくてはならないといったことがあります。患者さんにとっては、局所を治療していないのでよくなるのか分かり難く、不安な点はあるかと思います。しかし、初診の患者さんへは説明をしながら治療していくのが通常です。なお実際の臨床では、局所、症状のある箇所も標治法といって仕上げで治療することが多いです。

ところで、日本の学校教育では経脈を意識した経絡治療といわれるものを昔から教育してきたようです。が、最近は文化大革命以後に中国で構築された中医学を教育する機会が増えてきたようです。現在、日本には中医学の鍼灸師が多く、世界の鍼灸師も中医学の先生が主流派となっています。今後、中国政府のすすめる一帯一路政策により世界の鍼灸の色はさらに赤くなっていくと思われます。なお、中医学を否定している訳ではありません。

また、経脈を使った治療法には、片側の痛みと相性の良い十二支を使った治療法などもあります。上のケースですと子(鼠)と午(馬)の関係を使って左手に鍼や灸をするような治療法です。師匠の古野先生が得意としていましたが、治療を見ていると何をやっているか分からないことがままありました。

問診で痛む箇所を丁寧に聞くのは、経脈を特定する意味合いがあります。身体には経脈は1本だけではなく10本以上流れ、また頭には経脈が複雑に流れています。経脈を見極めつつイメージできるか、また反応に応じ鍼と灸を使い分けて治療できるかが鍼灸師の腕、仕事ではなかろうかと思います。

余談ですが、鍼灸師が痛い箇所である局所に鍼や灸をせず、手足の遠い箇所である遠位に鍼や灸をして痛みや症状をとる様な遠隔治療をすることがあります。これは謎めいた個人の特別な能力を使っている訳ではなく、理論に裏付けされた経脈を使っていることが多いようです。臨床において、経脈は日常です。

気の向くままに、片側の痛みの片頭痛について書いてきました。片側の痛みについて、もう1つくらい何か考えてみたいと思います。

最後に、鍼灸治療で頭痛は改善できますし、東洋医学的な養生を行えば頭痛の起こりにくい体質へと変わっていくと思います。ただ突然、頭痛が起きてしまうことはあります。その様な時には薬を飲むこともあるかと思いますが、安静にするのが最善だと思います。可能であれば、静かな暗い部屋などで落ち着けるとよいと思います。横になれるとさらによいと思います。『歯車』にもその様な描写がありました。

やっと晩餐のすんだ後、僕は前にとって置いた僕の部屋へこもるために人気のない廊下を歩いて行った。廊下は僕にはホテルよりも監獄らしい感じを与えるものだった。しかし幸いにも頭痛だけはいつの間にか薄らいでいた。