努力をしても、なかなか成果や結果につながらないことは往々にしてあります。会社員を経て鍼灸師となった私ですが、梅雨明けの時期に思い出すことがあります。鍼灸専門学校に通っていた頃、最終的にクラスメートが半分になってしまい、仲の良かったクラスメートも次々辞めていってしまいました。辞める理由はそれぞれありますが、努力が結果につながらない様な時は、どうすべきかを考えるようになりました。私は結果や成果が出ず、諦める前に2つのことを考えます。

1つ目は今、プラトー(高原)状態であるかどうかです。

学習曲線と呼ばれるものがあります。これは動物や人の学習(運動学習と暗記学習)において、試行が増すとともに学習が進行していく過程を図示したものです。一般的に横軸に時間の経過、試行数、学習の量等をとり、縦軸に学習反応の割合や強さ、正解率、成果等を表わします。この時、学習を進めていくと、試行を増しても学習反応の増加がほとんどなくなってしまう状態が出てきます。この状態をプラトー(高原)状態と呼びます。

堅苦しい説明となりましたが、努力しても足踏み状態が続き、結果が出ない状態をプラトー状態といいます。試行を続けていくと、プラトー状態はいつか抜けていきます。

鍼灸師はツボを覚える必要があります。ツボを覚えないと治療ができません。もとより国家試験に合格しません。基本的なツボの数は、教科書には361穴とあります。暗唱したり紙に書いたりと正直、地味な学習です。

しかし、根気よく学習を進めていくと、ツボとツボを結んだ線が出来上がります。この線を経脈と呼びます。経脈を意識し、ツボを学習すると治療の幅が広がります。

数年前にNHKスペシャルで放送されていた「アイスマン」というミイラの話がありました。1991年にアルプスの氷河で「アイスマン」と呼ばれる5300年前の男性ミイラが発見されました。解剖の結果、腰部に「脊椎すべり症」の症状があり腰痛を患っていたと推測されています。また脾兪(ひゆ)や腎兪(じんゆ)、崑崙(こんろん)といったツボの箇所に刺青がありました。当時、何らかの刺激をツボに与え治療をしていたとされています。脾兪、腎兪、崑崙は足太陽膀胱経という経脈にあたります。腰痛には、足太陽膀胱経という経脈をよく使いますが、「崑崙だと前屈みで疼痛があったのかな?」であるなら「治療はこうだな!」などと想像しながら当時わくわくしながらテレビを視聴していました。なお、5300年前に経脈という概念が存在していたかどうかは不明です。

ツボを覚えていく学習はプラトー状態になりやすく成果はなかなか出ません。しかし、やがて点が線となります。経脈を意識し始めることにより視野も広がり、グンと結果が伴ってきます。

 

さて2つ目は、何事もはじめは時間の経過、試行数、学習の量を伴います。ここを整理、理解することです。そして、いずれ飛行機の様にテイクオフ出来るかを考えます。飛行機は、機体がとても重い乗り物です。移動時は、離陸までが大変だといわれています。ただ、離陸さえしてしまえば気流や風に乗って前へ、大空高く、遠くまで飛ぶことができます。

一般的な仕事に関してもいえることです。学校を卒業し就業すると、ビジネスマナーなどを身につけつつ、仕事を覚えていく必要があります。1人で動けるようになり、戦力となるには時間と手間がかかります。私も約20年前、まず南町田の研修所で研修を受けてから川口営業所に配属されました。研修所では言葉遣い、名刺交換、電話の使い方やメモの残し方、エスカレーターやエレベーターの乗り方、テーブルや車内での人の座る場所、様々なロールプレイングなど基礎的なことを学び、またテストも課されました。スーツの着こなし方や髪型などの指示も受けました。講師が「前髪は上げた方が良い。強そうに見える」といっていたのを未だに覚えています。研修中、みんなが前髪を上げて、強気になっていたのが笑えます。定期的に研修は行われ、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)といわれる職場内教育も受けましたが、なかなか離陸は出来ませんでした。

鍼灸師が鍼灸を業としていくためには理論、技術、知識、経験、信頼、人脈、資金、努力、決断、運など様々なものが必要になってきます。決して技術だけではありません。時間だけを考慮してみても何年もかかってしまいます。はじめは結果が見えてきませんし、苦労が絶えることはありませんので大変です。しかし、鍼灸師はテイクオフ出来てしまえば、自由で魅力的な職業だと思います。

かつての私もそうでしたが、テイクオフする方法や答えをつい求めたくなります。ただ、大空高く飛ぶための「問い」と「答え」は、自分でコツコツ試行してみつけていくしかないと思っています。言い換えるなら、問題意識を持ち、人に頼らず、自分で解決するということでしょうか。人に飛ばしてもらった機体のコントロールは難しく、飛び続けることはできません。なお、適切なタイミングでの助言やきっかけの提供は必要だと思います。

鍼と灸を使って人を治療するということは、責任感を伴いますが人の人生に対して良い意味でとても影響力を与えるやりがいのある職業であると思います。所属、承認、自己実現の欲求を高い次元で満たすことのできる職業です。世の中には多くの鍼灸師がいますが、鍼灸師の働き方も様々です。私が所属する会の鍼灸師も自己実現を満たすべく様々な働き方をしています。一部紹介します。

開業鍼灸師

企業で働く鍼灸師

往診で治療する鍼灸師

鍼灸学校の講師

国内、海外でボランティア活動をする鍼灸師

豪華客船に乗り治療する鍼灸師

青年海外協力隊(JICA)で治療する鍼灸師

 

鍼灸専門学校へ通っていた梅雨明けの時期、仲の良かった獣医師であるクラスメートが、学校を辞めていきました。毎年この時期、彼を思い出します。それから私は、諦める前に現在の状態と未来の状態を整理し認識するようになりました。結果、続けていくことができ、好転させていくことが多くなりました。鍼灸の仕事は、天職だと思っています。可能な限り、鍼灸師として自由に飛び続けていきたいと思います。