今回、身体の片側に訴える痛みのなかで「帯状疱疹」についてお話したいと思います。
帯状疱疹の患者さんを治療することはあまりなく、私は年に1人か2人位を治療する頻度です。帯状疱疹に罹ると「帯状疱疹後神経痛」という帯状疱疹が治った後にピリピリする痛みが持続するような後遺症が残ってしまうことがありますが、鍼灸治療をしているとこの後遺症に悩まされないように思います。これは師匠や自分の治療からの見解です。
帯状疱疹は身体の左右どちらか一方に、ピリピリと刺すような痛みと、これに続いて赤い斑点と水ぶくれが帯状にあらわれる病気です。帯状疱疹は、身体の中(神経節)に潜んでいたヘルペスウイルスの一種、水痘・帯状疱疹ウイルスによって起こります。
胸から背中にかけての上半身に多く発症します。顔や眼の周りも発症しやすい部位です。いずれも片側に発症します。50~70歳代に多くみられる病気ですが、男性より女性に罹りやすい病気でもあります。
加齢やストレス、過労などが引き金となってウイルスに対する免疫力が低下したときに発症するといわれています。
抗ヘルペスウイルス薬を服用して、2週間位で治る病気ですが、鍼灸治療をしていると皮膚の症状を抑えたり、痛みやかゆみを緩和できます。また先程お話したように、帯状疱疹後神経痛を抑えることができると思います。
今年治療した帯状疱疹の患者さんの症例を紹介します。
70代 女性 帯状疱疹への鍼灸治療
当初、不眠症の治療で来院されまし。何回か鍼灸治療をするうち中途覚醒はするものの寝付きはよくなりましたが、鍼灸治療は続けていました。2、3日前から少し左胸の皮膚がピリピリすると痛みを訴えました。ピリピリする左胸と左の背中に赤い斑点がありました。ご本人は虫に刺されと思っていたようですが、問診及び身体の状態から帯状疱疹の疑いがある旨を説明しました。翌日、皮膚科へ行き帯状疱疹であると診断を受けたとのことでした。1週間分の抗ヘルペスウイルス薬を処方され服用をされました。帯状疱疹後神経痛の心配があることから鍼灸治療を続けました。
(治療・経過)
不眠症はほぼ改善されましたが、それ以外の疾患の治療を継続していました。同時に左胸の痛みと左の背中の治療も行いました。赤い斑点は広がらず、痛みも強くなりませんでした。皮膚科で帯状疱疹と診断を受けてからも1週間に1回の頻度で鍼灸治療を続けました。身体の免疫力を高め、患部をお灸で温める治療を行いました。また、痛みを和らげる治療を行いました。夜は、睡眠時間を十分確保し、ストレスをためず無理をしない生活を心がけてもらいました。痛みは、強くならず約2週間で消失しました。瘢痕(あと)は残らず、心配していた帯状疱疹後神経痛も生じませんでした。
症例では、不眠症で来院された患者さんの治療をしていました。初診で帯状疱疹の患者さんを治療する機会はそれほどありません。帯状疱疹に罹ったら皮膚科に行く方がほとんどだからです。私も帯状疱疹の疑いがあると気が付けば、とりあえず皮膚科へ行くよう勧めます。ただ、鍼灸院に来院される患者さんは免疫力が低下している方が多いので、帯状疱疹に罹患しやすいということも頭の片隅に入れておく必要はあろうかと思います。
昔々の私であれば、帯状疱疹は見逃していたと思います。理由としては、患者さんが一番に訴える症状である主訴ばかりに意識が向いていた、目を向けていたと思うからです。また、鍼灸師の技術的な部分で言えば、触ってツボをみつけるような触診に重きをおいていたことがあります。
主訴の治療は大切ですが、患者さんの心身を診つつ、俯瞰できることが大切だと思います。不眠症の症状を訴える患者さんを例にしますと、全身のバランスを整え、不眠症へ効くツボへ灸をすると不眠症は改善されていきます。しかし、不眠症はただ眠れないというだけでなく何か原因があることが多いものです。それは環境であったり、仕事の問題、家庭や家族の問題、ストレス、悩みごと、対人関係、精神的な緊張、カフェインの取り過ぎなどもあります。列挙したものの原因は患者さんの生活の中にあることが多いものです。これにどこまで鍼灸師が介入、治療すべきかという問題はありますが、目を背ける訳にはいきません。だだ鍼灸師は、鍼灸治療だけでなく東洋医学的な考え方や養生という大変便利なものを備えますので、これを使い症状を改善していくことができます。この辺りは鍼灸師としてのスタンスや経験が必要となってくるとは思います。
また、ツボをさがしてツボを取ることを取穴というのですが、皮膚を触って取穴する鍼灸師が多いと思います。皮膚を触って取穴することを触診ともいいます(この辺りの定義は用語集などを見ても幾分ごちゃごちゃしています)。以前の私もそうでしたが、触診に偏った取穴をしていました。触診は非常に大事な基礎技術ですが、ツボを見て取穴する技術も大事です。見てツボ取る意識を持つと治療の幅が広がり、帯状疱疹のような症状で患部を触ることができないケースでも対応が可能となります。
以前、村田先生に弟子入りしていた時のことです。三陰交という不妊症の治療で使うツボを取穴する際に、村田先生は触診をせずに灸をしていました。当初、触らずツボを取り、灸をするという技術に対し、駆け出しの鍼灸師であった私は全く理解できませんでした。それまで触り方、触診の教育を受けてきましたし、触るとツボの反応が分かり、場所が確認できるからです。なお、三陰交は女性に効く大切なツボなので、日常でお灸をすることをお勧めします。
ちなみに、先生は不妊症の治療が得意でした。私が鍼灸師としてあれこれ模索している時分に先生の得意な疾患や治療を聞いたことがあります。鍼灸師はあらゆる疾患や症状でも対応、治療できないといけないと前置きをされました。が、先生の中での順番は以下の通りでした。
①不妊症 ②小児 ③風邪 ④内臓 ⑤整形外科
③と④は逆だったかもしれません。記憶が若干曖昧です。なお、鍼灸院は看板などに何科とうたうことは禁止されています。婦人科、小児科、内科、胃腸科、整形外科などといったようにです。鍼灸院は、なにかと広告の規制が厳しい環境のなかで運営をしています。
また、先生は不妊症の治療が好きであるとも言っていました。その理由が、治療の結果が白黒分かりやすいからということでした。妊娠すれば白ということです。そして患者さんの妊娠、出産に対し共に心から喜びを感じているようでした。
不妊症の治療が得意であり、好きだという先生が三陰交の取穴に触診をしないという私の疑問は暫く続き、先生から直接聞くことはありませんでした。
続いて、古野先生へ弟子入りしていた時のことです。
先生が患者さんへ鍼や灸をする前のツボをさがす場面です。
「どうして、そこのツボを取るのですか?」と私は聞きました。
「指が止まるところを取った」と毎回、先生は言いました。
先生はいつも治療のことを考え、とても勉強をされている鍼灸師なのですが、臨床好きの感覚的な鍼灸師でもありました。
なんといっても先生は、手先が非常に器用な鍼灸師です。私が見てきた鍼灸師の中でも一番器用な方です。左右どちらの手でも鍼や灸を扱えてしまうほどの指の柔らかさと感覚を兼ね備えた器用さを持ちます。通常、知熱灸と呼ばれる灸などは作り置きをしておくことが多いのですが、先生は一切作り置きせずに治療時に手際よく灸を作っていきます。ちなみに、私は作り置き派です。
余談ですが、先生のお父様も鍼灸師でした。また、先生は幼少期に現代の日本鍼灸を作り上げた一人である柳谷素霊という鍼灸師の胸に優しく抱っこをされたほど鍼灸に愛され、鍼灸と共に生きてきたサラブレッドのような鍼灸師です。
さて、匠の技を分解するようなのですが、ある時気が付きました。先生の触り方はあらかじめ目星を付けていたところを確認しているような触り方をしていると。皮膚を触ってツボにあたると指は止まります。が、始めから指で触りながらツボを探しているようにはどうしても見えませんでした。ほんの一瞬ですが皮膚を見て、そこを触り取穴しているようでした。確認のために、触っているようでした。指頭でちょんと1回触って取穴して、先生が2回触ったような記憶はほとんどありません。触診をせずに鍼をすることも多々ありました。よくよく先生の治療を見ていると、手先の器用さに目を奪われがちですが、先生は触らずにツボを取ることができる鍼灸師でした。ちなみに、先生は目がとてもいい方です。70歳を過ぎますが、視力がとてもよく老眼鏡もかけていません。ただ、先生への取穴に対する私の疑問を直接聞くことはありませんでした。
私は、村田先生や古野先生だけでなく臨床歴の長い経験豊かな先生方は「あまり触らない」という共通する技術を持っていることに気が付きました。ツボを取る時は、まず見て取る。場合によっては見た後、触って取る。ツボを取る際は、べたべた触りません。動作が手際よくスマートにツボを取ります。このようなことは教科書には載っていませんし、先生方から直接聞いた訳ではありません。よく見ることができるようになり、気が付くことが増えてきたことから得られた技術です。そして、師匠達の治療に対する姿勢、臨床から学んだものでもあります。余談となりますが、我々が使っていた時代の東洋医学の教科書となる『東洋医学概論』の作成には、村田先生も携わっていました。先生の担当箇所が触診であったかどうかはお聞きしていませんし、また違うとは思います。しかし、先生の臨床を見ていた私にとって当時、座学と臨床とは違うものだなと感じるものはありました。
さて、基本動作の中に、触ることの前に「見ること」を入れてみるとツボの取り方だけでなく、身体の見方が変わってきます。身体だけでなく治療を俯瞰できるようになってきます。専門的になってしまうので、ツボの見え方や見る方法、練習方法などの技術的な部分については省略します。機会があれば触れたいと思います。
最後に、意識して見る習慣をつけておくと、片側の胸や背中に赤い斑点があると確認できれば帯状疱疹に気が付くことができます。帯状疱疹を治療する機会そのものは稀です。しかし、普段から見ることを心がけていくと症状のある部分や局所だけでなく、患者さんの様々な疾患や症状に気が付き、患者さんの身体と対話することが可能となってきます。