たいへん多い質問です。痛みは人それぞれ感じ方が違いますので、主観になります。痛い鍼は苦手だという患者さんもいれば、痛くないと効いた気がしないという患者さんもいます。鍼は「痛い」「痛くない」と単純に答えられない質問でもありますが、基本的に鍼灸の鍼は髪の毛ほどの太さなので、それほど痛くはありません。しかし、「はり」という言葉の響きで注射針や縫い針を思い浮かべますと痛いイメージを持ってしまいます。ただ、痛い鍼を刺す鍼灸師も大勢います。
鍼の痛さはいろいろな要因に左右され、また鍼灸師の考え方により痛みに違いが生まれるように思います。大げさに言えば鍼灸師の哲学が鍼の痛さに影響します。痛みを左右するいくつかの要因について考えてみたいと思います。
鍼の太さについて
鍼灸で使う鍼はたいへん細いですが、その中でも太い部類の鍼は絶対的に痛くなります。使われる鍼の太さは、番号で規格されています。0番という鍼が0.14㎜で細い鍼になります。5番で0.24㎜、10番で0.34㎜となります。中国鍼はさらに太いものになります。私は普段、主に0番(0.14㎜)と2番(0.18mm)を使い、場合によって0番よりさらに細い00番(0.12mm)を使っています。
鍼先の形状について
日本の鍼は、よく作られていて痛みを和らげる鍼が多くあります。しかし、原産国は海外のものが多く存在します。また鍼先の形状(角度)によって、痛みが変わります。鍼灸師の刺し方など特性に合わせた形状の鍼を選ぶことで、痛くない鍼を刺すこともできます。
鍼の材質について
現在使われているほとんどの鍼の材質は、ステンレスになっています。また、痛みを緩和する目的でシリコンがコーティングされている鍼もあります。
昔から金や銀を材質とする鍼があります。金鍼や銀鍼といいますが、純度は9割位になっています。金や銀の鍼は、痛みの質が違うような感覚を受けます。また金や銀の鍼は、やわらかいので刺す技術が必要となります。金鍼や銀鍼は、滅菌の問題やコストがかかるので、使う先生は少なくなっています。
鍼を刺す技術について
一般的に細い鍼は、刺す技術が必要となります。ただ刺すだけなら簡単なのですが、効かせることが難しくなります。太い鍼は、刺激量が多いのでツボから少しずれて鍼を刺しても効かせることができます。しかし、0番のように細い鍼はツボからずれてしまうと効かせることができなくなります。細い鍼を使いこなすためには、正確にツボを探して、正確に刺し、深さなどを調節しながら効かせる技術が必要になります。
また、鍼の刺し方もいろいろな技術があり影響します。剣道でいう五行の構え(中段の構え、上段の構え、下段の構え、八相の構え、脇構え)のようなものになります。鍼を刺すときは右手と左手の操作と道具が必要になりますが、個々の鍼灸師の技術には差があり、痛みに違いが生まれます。私の巣鴨の師匠は手先がやわらかく器用なので痛みを与えることなく3本同時に鍼を刺すことができたり、左右両方の手を使い分けて痛みを与えず鍼を刺すことができます。
刺す場所について
身体も刺す場所により、痛みに違いがあります。手のひらや顔は痛みを感じる神経が多いため痛みを感じやすく、背中は比較的痛みを感じにくくなっています。このように鍼を刺す場所にも気を使うことが必要だと思います。私は顔に鍼をするときは、内出血をしやすいこともあり、0番よりさらに細い0.12㎜の鍼を使います。
リズムについて
人はリズムやテンポに順応しやすい動物です。言葉を変えれば、リズムやテンポに慣れやすく騙されやすい動物でもあります。痛い鍼でもリズムよく、一定の間で刺されると痛みを忘れてしまうことがあります。治療を受けていて鍼が痛かったり、痛くなかったりすると身構えてしまい、痛いという印象だけが残ってしまいます。私の前橋の師匠は、痛い鍼を刺すのですが、リズムと間が一定のため患者さんは常に安心して治療を受けていました。私はいつも治療を受けながら寝ていました。
鍼とツボについて
ツボにうまく鍼が刺さると痛みを感じないことがあります。さらに症状が悪いときにツボにうまく鍼が刺さると、痛いどころか気持ちよさを感じることがあります。逆にツボを外すと痛いことがあります。ツボをうまく捉える鍼灸師の鍼は痛くないように思います。
述べてきたように鍼の痛みは、様々な要因を鍼灸師がどう考え、実践するかにより違いがでます。最後に、患者さんの症状を治すことが前提となりますが、傾向として痛い鍼が嫌いな鍼灸師は、痛くない鍼を刺す先生が多いような気がします。一方、痛い鍼でも治ればよいと考える鍼灸師は、痛い鍼を刺す先生が多いような印象を受けます。なお、私は痛い鍼が苦手ですので学生時代から細い鍼を使っています。正解はありませんので、最終的には鍼の痛みを患者さんがどう受けとめてくれるかによると思います。